一章
 長い胡桃色の髪がなびいている。春風にもてあそばれる髪をそっと押さえて一人の少女
は深く溜息をつく。その隣には男にしては少し長めの漆黒の髪と同色の瞳を持つ少年が不
満を顔に書いてそっぽを向いていた。
「返事はどうした」
 その声は少女たちの目の前の椅子に座る豊満な肉体を持つ女性から発せられた。黒い軍
服のような服にその身を包み腕を組み長い足を組んで二人の目の前に居た。
 とても肉感的な女性だがどことなく女帝のような雰囲気が大きく開かれた胸元と真っ赤
な唇のあたりから漂っている。
 部屋の中には窓と机と椅子と本棚しかない。質素なその部屋だがこの女性がいると重苦
しい書斎のようになってしまうのが不思議だ。
 窓は開け放たれそよ風が部屋に入り込んでいた。少女はチラリと隣の少年に目を向けど
うしようか迷った。
「何か不満でもあるのか?」
 その言葉を待っていましたといわんばかりに少女は口を開いたが同時に少年が口を開い
て一言早く目の前にいる女性を見据えて言った。
「教官。俺は異議を申し立てます。過去も書いてあるその本を見て、分かっておいででし
ょう。理屈ではなく精神的に苦痛を感じます。何故、そこまでして」
 その言葉は教官と呼ばれた女性が軽く机を叩いた音でかき消された。少年は口を紡ぎ静
かに女性を見ている。びくりと少女は身を震わせ何も言わなくてよかったとホッと胸を撫
で下ろしていた。
「そんなことは分かっている。過去とはいえすぎた物。引き摺っているお前が悪い。それ
に、分からないのか?」
 目を細めた教官に少年は深く溜息をついて目を閉じた。静かな空気があたりを取り巻く。
 風もぱたりとやめて静寂を作り上げるのを助けていた。
「霊気の波長が合っているからといって、無理やりでも組ませるのですか?」
 静かに噛み締めるように言われたその言葉に教官はああと頷いた。数呼吸分置いて少年
は渋々と言ったように目を開いた。
「日向」
「はい」
 教官に呼ばれ背を伸ばして返事をするのはほぼ反射に近かった。ふわりとまた風が窓か
ら入ってきて髪を攫う。
「お前は、異存は無いな」
 無いといったらあるのだが、この隣にいる少年ほどはっきりした理由でもないからいえ
ないと判断して頷いた。
「そうか、ならば、この日に置いて日向夕香及び藺藤月夜の両者を任務遂行委員第二十五
班に任命する」
「はい」
 返事をして二人は部屋の外に出て深々と溜息を吐いた。そして互いに何も言わずに教官
たちの部屋がある通称管理棟を後にした。
「寄り付くなよ、狐」
 と、少年、藺藤月夜は管理棟の外に出た途端、言い残し少し離れたところにある寄宿寮
に戻っていった。その言葉に少女は、日向夕香は月夜の背に向けて思い切り中指を立てた
のは言うまでもない。
 夕香たちは、普通の高校に行っている傍らにとある秘密校に通っていた。そこは特殊能
力を使うものが自身の力について学ぶ場。二年間その特殊能力についてと使う術を学んだ
後、実習に入る。今年の春から月夜と夕香はその実習期間に入った。その実習期間に入っ
た者と晴れて実習にも合格した術者と呼ばれる人が任務遂行委員と呼ばれている。
 そこの学校は国家組織ではないもののそれに順ずる権力をもっている。その気になれば
国の一つなど落とせるだろう。

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